赤子のような振舞いで

日常と非日常のはざま

夜、色々と思い出したり読み返しちゃったりして少し泣いたりした日は、まあ当たり前だけれど寝覚めが悪い。と思う。

これって貧血のせいかもしれない。貧血だから目覚めが悪いのか?そもそも貧血だから夜色々と思い出したりメソメソしたりするのか?
そういえば、めそっていうキャラクターがいて好きだったな、あいつ可愛かったな、とか、朝なんて大概脈絡もなくて、実のところ、朝の気の重さに明白な理由などないのだ。だからたぶん、フィジカルが9割だ。
日中だって6、7割はきっとそうなのに。
それに気づく余裕がないのも起き抜けの特徴だろう。夢の中と同じだ。視点を引いて俯瞰で見ればいろいろとオカシイことを、むざむざと受け入れている。
理不尽をぜんぶ真に受けて右往左往する。朝が来るたび産まれ直す赤子のようだ。

「いつか、そのことを話したいと思っている」……そんなことを考えながら眠りに就いたことは覚えている。
そんな感傷はたいてい、朝には不躾な太陽光のもとに晒されてことさら白々しく「あぁ、何を考えていたのだ、わたしは」と、二日酔いの後味の悪さよろしく(といっても、下戸なので経験はない)頭を抱えることが常なのだが、なまじこの思いだけは昼夜関係なく持ち続けているせいか、さほどやっちまった感はない。ああそうだ、賢者タイム?みたいな感じのやつ。それがない。

だからずっと、熱に浮かされているような状態なのだ、少なくともこの一年くらいは。
そして、それなりに醸されてきてもいて、ついに、「いつか、そのことを話す」日は近づいているようにも思える。……誰に?

誰に?

赤子はずっと夢の中にいるのだろうか。そうだった気がする。だって赤子の頃の記憶なんて、すべてがフワフワ映って、不条理で、ときに不快で、小さな刺激の一つ一つが強く長く響いて、疑うことを覚えられなくて、きっと不幸を知らなかった。
視界の中で輪郭がはっきりしてくるにつれ、だんだんとものごとが切り分けられて、そして、こうなったんだと思う。

今まさにこれを寝起きに書いている割には、それなりにきちんと文章になっているような気もするが、それはたぶん気のせいだ。
夢の中でだって、自分では矍鑠としているつもりなのだから。

この世の胡乱と曖昧に目を向ける時の私は、夢の中で生きるようなことと、あまり変わらないかもね。

書いているうちに頭が起床してきた。
Hello World, おはようございます。

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