4月はモラル・ライセンシングの月!

project1year

こんばんは、haLunaです。

先日、「人生をイージーモードにする」宣言をした。

端的にいうと、
やりたいことをやりたい時にやり、
やりたくないことを自分に強いない

というお話。

それを踏まえて、この4月に腹くくって楽するぞという決意をした。

モラル・ライセンシングとは?

本来は、「頑張ったのだからご褒美」といって少しモラルに反することをしたり、という衝動のことを言うそうだ。

本来、どうやら良い意味では使われないらしいこのモラル・ライセンシングという言葉。

しかし、「好きなこと」「楽しいこと」をなんでも「悪しきご褒美」と考えてしまいがちな私、ならば思い切ってご褒美から貰うことにしましょう、ということで、敢えて「モラル・ライセンシング」と言うことにした。

4月から5月の過ごし方

とにかく気分最優先だ

  1. 今の気分は? と問いかける
  2. その時、一番気持ちが向くことをする
  3. 「しなきゃ」に支配されない
  4. しんどくなったら、やめる
「やりたいことをやる」「やりたくないことをやらない」と決めると、今の気分がどっちなのかを立ち止まって考えることが多くなった(それだけ、自分の気持ちが把握できていない=義務や理屈のほうが先にくるクセがついているのだな、と実感する)。

今「やりたい」と思ったことが本当に心がそうしたがっていることなのか、
それとも、心以外のことが心を装っているのか、見極める練習をしている感じ。

といっても、目を向ければそれはちゃんと感覚的にわかるもの。
やはり、知って気がつくことが大事。
そして、「いつでもやめていいよ」も案外苦手だということに気がついたので、これも意識的に。

そのために準備したこと

ひとまず、一ヶ月間義務に縛られないでいい状態を極力作ろうということで、
  1. 先送りできるけどしないほうがいいかな……っていうことを、月頭に先送り作業した
  2. 病院も行かなくていいように薬だけ貰ってきた
  3. 自分の裁量で入れていた仕事をとりあえず入れなくていいことにした
  4. 目標のために進めなきゃと思っていることも、マイナスをゼロに近づけなきゃと思っている生活環境改善も、いったん全部先送り
どれも「真似しちゃダメ」案件に近いけど、どうせ頑張ってもどれかは取りこぼす≒どれも絶対やらなきゃいけないわけではないと判断の上、思い切って先回りした。
一応それでも、仕事はもちろんするし締切もある。……ここまで考えて、「仕事『だけは』するってそれ超偉くない?」と気がつく。私超偉い

しないかわりに、すること

人の勧めるものは、軽率に取り入れてみる

これまで、本や音楽など、MPを激しく奪われるものは極力避けてきた。
しかしそれは、自家中毒的に消耗するサイクルができあがっていて、全く余裕がなかったから。
無理をしたりやりたくないことをやったりするストレスを無くせば、その分心理的にスペースができるはずなので、新しいものを取り入れることくらいは出来そうな気がした。
もちろん、いやならやらなくていい。

したくなったことは禁止しない

「仕事は極力入れない」と宣言したばかりだが、そのなかで自然に湧き上がってくる「これは、やりたいな」という気持ちは制限しないこと。
自分の決め事に縛られないということを意識してみようと思う。
むしろ、そういう中で義務ではなく自然に湧いてくる気分で仕事をしたい、というのが狙い所だったりする。

とにかく、自分を甘やかすという実験

なぜこれをやろうと考えたのかというと、とにかく長年の癖で「やらねば」の頭が強すぎること、それから気分的な締め付けがある状態に慣れすぎていること、それによって持たなくていい罪悪感を持ってしまっていることに気がついたから。
一度それを取り払って、まっさらになった状態で自分から出てくるものを見てみたくなったし、本来夢はそうやって追うものだったよな、と思って。

これまで、自分を律することで何とかよいほうに進もうとしてきたけれど、それをすればするほど(一時的には自己肯定感が上がっても)隣でテレビを観て笑っている人にイライラしてしまったりするのだ。

努力しないで幸せに暮らしている人を疎む時、たぶんそれは自分が間違った方に行きかけていて、
そのとき必要なのは言葉で自分を戒めることでもなく、未来に重きをおいて「最後に笑うのは自分だ」と腹の中で思うのでもなく、一旦自分を甘やかすことなんじゃないかと思った。

もちろん、自分を律してきた中で得たものもたくさんあって、その中で習慣となったたすくま家計簿は続けるし、
というか、「なにもかもを一旦やめなさい」ということを自分に強制することもまた締め付けだと思っているので、何かを課すということはしない。

要は、丁寧に自分の声を聴き、自然とやれていて心地好いと思えることは続けるし、嫌だなと思うことは一旦やめてみる。やめたからといって、やめたままでいることを強いることもしないということだ。

実際、10日ほどやってみて

さて、この記事を書こうと思ってから今日までに少し日数もすぎてしまったので、ここまでの所感を書いておくと、

やめることによって「あ、強制されなくなってみたらやっぱ本心からやりたいと思えたわ」と気づくこともあった。
むしろ(実際のモラル・ライセンシングであるような)無駄なネットサーフィンやSNSめぐりといったことが自分が本当にやりたいことではなく、逃避行動だなとその場で気づけて、そういったことに浪費する時間がぐっと減った。

自分に許可を出すことによって、かえって自堕落なほうにいかなくなったのは意外だった。

ひとまず一ヶ月続けて、どんな発見があるのかとても楽しみ。

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