「自分の旅」二周めがやってきた~誰かをその世界に招き入れ、自分も誰かの世界を一緒に旅する。

思うこと

こんばんは、haLunaです。

いつものことながら、低気圧がくると眠い。すんごく眠い。
といいつつ、眠いのは珍しく飲んだロキソニンのせいなのでは……ということに思い至り、なるほどねーと勝手に納得する。今週は雨続きですね。

毎日ブログを書こう(ただし「毎日更新」という「形」にはこだわらず)。
そう決めてからちょっと気が楽だ。
なんのことはない、書きたいときに書きたいだけ書けばいいのだから。

毎日書く。毎日気づきがある。それはたしか。でも、ひと時ほどの大きな「学び」の連続はなくなったのかもしれない。そう思うのはそれなりの年齢になったからなのか。

といって、いろいろなことを「披露」できるほど、完成されてもいない。青くもなく熟してもいない。そんな感じ。梅でいうと梅シロップには遅く 梅干しには早い……みたいな(なんだそれ)。

ただ、ゆるやかに「そのフェーズに入ったな」と感じるようになってから、また違った思考の楽しさも覚えるようになっている。
きっと以前ほど「失敗」や「やらかし」を気にしなくていいのだと自分に許可を与えることができるし、その中でより広く、より高く、より深い視点を持つことを恐れなくてよいと思える。自信とまでいえるのかどうかは、わからないけど。

たぶん、自分の生き方、生きる姿勢、生きる原則、原理、みたいなものがわかってきたのだと思う。
自分が何を快く感じ、あるいは不快に感じ、何を大切にして、何を守り何を得たいと思うのか。それはきっと自分の中にずっとあったもので、なんだか時間をかけて大人になったのに時間をかけて子どもの心を取り戻すということをしているみたいな気持ちになる。

でも、一度それを経て戻ってくるということが必要なことなのだろう。RPGの主人公が冒険を経て故郷に戻るように、青い鳥を探し求めて最後は家の中で見つけるように。

さて、冒険から戻って主人公が話せることはなんだろう。冒険譚だけでなく、今日その日新たに気づくことをどんなトーンで誰に話すだろう。
自分の内面を思い切り旅したあとは、誰かの内面にとても興味を持つかもしれない。なぜなら、同じくらい深遠で広大な世界が、人の数だけあるって容易に想像することができるから。
そして、その誰かを連れて、ときには自分の内面をもう一度旅してみる。自分の世界に誰かを招き入れ、自分も誰かの世界を旅する。

次のターンではそういうワクワクが待っているような、そんな気がするのです。

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