自分をシステム化する10日間でした:時間と睡眠と空間とお金と

project1year

こんばんは、haLunaです!!!

宣言していた予定より一日遅れて、復活します。
有意義な10日間となりました。ありがとうございました。

スーパームーンだったんですってね。
いい満月を見ることができました。

結局、この10日でなにしてたのさ?

そう、ブログカテゴリの再編成やタグ整理など、ブログのメンテナンスもするということでお休み宣言した10日とちょっと前。
ところが、未だ何も変わっていない。

そして、最低限の基礎練はしたり、セッションに参加したりはしつつも、基本的に音楽制作もお休みという結果になったこのお休み期間。

それには、理由があります。

思ったよりも基礎工事が必要だった

基礎工事。家でいうと、土台となる最も大切なところ。
これがグズグズだと、上にいくら立派な建物を載せてもすぐに崩れてしまう。

実際には、何度も家を建てようとして足元からずぶずぶと崩れ、完成に至らない、というのがこれまでの自分だった、ということを痛感した。

それは何か。端的にいうと、時間、睡眠、空間、お金

そしてそのすべては習慣によって形作られるということ。

いくら「がんばって」も、増えるものではない

時間、睡眠、空間、お金のマネジメント。
こんなこと、巷では耳タコというくらい言われている。にもかかわらず今まで蔑ろにしてきたのはひとえに見えない位置からはその重要さが見えにくいという現象によるものだったと今は思う。

それくらい、自分は低い位置から上手くやろうとしていたし、低い位置にいることにも実際には気がついていなかった(うっすら、苦手だなとは感じていたが)。

時間や睡眠、空間、お金をマネジメントする、というと、その事柄にエネルギーをつぎ込んで常に注意を向けて……というイメージを、これまでは持っていた。

そうではなく、時間や睡眠や空間お金に注意を向けずとも滞りなく流れるように整えることが、それらをマネジメントするということなのだ。

足りないのは情熱?いいえ……

自分が挫折して寝込んだりするたび、

自分と同じように、どちらかというと時間管理が苦手だったり部屋が散らかり気味だったりする音楽つながりの友人たちが、
それでも心の拠り所を求めるように音楽を日々作り、睡眠や翌日の仕事の質を犠牲にしてでも「作らずにいられない」でいる。
そんな姿がよぎって、

「自分には、情熱が足りないのではないだろうか」
「身を持ち崩したって音楽を選んでいるアーティストもいるのに」

そんなことを思い、実はいつも落ち込んでいた。
時にはひとの音楽を聴くのが辛くなるくらいに、そのことに悩んだ。

でも、私たちはスーパーマンではないし、体力や精神力にも個人差がある。
無理がきくことが情熱のバロメーターではないし、無茶をすることが情熱を発揮することではない、ということにようやく気がついてきた。

「はるなさん、いつ寝てるの?」

ときどき、人からそういう風に言われることの意味を、自分では全然わかっていなかった。

つまり、自分が思っている以上に抱え込んでいるものが多くて、時間がいつも足りなくて、気の休まる時間も体の休まる時間もないということが、人には少なくとも見えているということだったのだと今は思う。

自分では、自覚がないから

「もっと頑張れるはず、情熱があればやれるはず」

と、どこかで自分をまだまだ追い込もうとしていたのだ。

成果が出ないのには理由がある

どうしてこんなにがんばっているのに、なにも作れないのか。

気がつけば、一日、また一日があっという間に終わって、疲弊して、心までもガス欠みたいになるのか。
かろうじて歌は歌えるけど、それでもコンフォートゾーンから出るエネルギーなど残っておらず、日々だらだらとした楽しみのために歌うだけ。もちろん、限界的練習に挑むことなどできるわけもなかった。

限界的練習についてはこちらに。

足踏み練習の諸悪の根源はこれだった。

疲弊は情熱を涸らす

ずっと追われていること、休まっていないこと、なにより眠れていないことは、情熱をも涸らしてしまう。

それは、情熱が足りないのではない。「もっと情熱を」と渇望したところで、それは栓の抜けたプールに大量の水を流し込んでいっぱいにしようとするようなものだ。

必要なのは、枯渇しないためのシステム

きちんと水を行き渡らせ、プールをいっぱいにするだけでなく必要な箇所に行き渡らせて仕事や生活を守るために必要なのは、穴のない、無駄のないシステムだという結論に至った私は、

まず二度手間三度手間を生む箇所を洗い出して動線を整え、そして精神を疲弊させるお金の心配をなくすことを第一にしようと考えた。

これが、blog整備も音楽制作も棚に上げてこの10日間を過ごした理由だ。

自分という建造物の土台となる「習慣」

時間の管理ができないと、結局土壇場で時間が足りなくなって効率の悪いやり方を余儀なくされたり、割り込みタスクを自ら作ってしまう羽目になったり、いくら人柄がよくても人の信用を落としたりしてしまう。

空間の管理ができていないと、生活動線がスムーズでないだけでなく、探し物やダブり買いが起きたり、ものを壊しやすかったり、とにかく無駄な動きと無駄な労力が増える。
数十秒〜数十分、ときには数時間のタイムロス、そしてお金の損失にも繋がる。
また、作業スペースが整えられていないと集中力そのものを乱すことにもなる。

睡眠不足が日中のパフォーマンスを落とすことは、もはや説明の必要もないと思う。

そして、お金の管理ができていないとやはり土壇場で足りなくなったり急な出費に対応できなかったり、とくに私のようにフリーランスであれば突発的な理由(取引先都合のこともあれば、インフルエンザ等で仕事ができないこともある)で収入の少ないタイミングが訪れた時に対応ができない。
なにより、お金の心配は、かなり精神を削られてしまうものだ。たとえ生活が困窮するようなものでなくとも、お金のもやもやは精神衛生上とてもよろしくない、ということを体験したことがある人は多いのではないだろうか?

時間、睡眠、空間、お金。これらは目的ではなく土台であり、中心となる歯車であり、最初に整えなければすべてがうまくいかなくなってしまう種類のもの、

そして、習慣づけてしまえば放っておいてもうまく回るものなのだ。

ダメなところからの自分づくり

私は夢に向かって邁進する前に土台がまったくできていなかった
この期間を真剣に過ごしてみて、それがよくわかった。
そのことが最大の気づきであり、その土台のさらに基礎工事部分を、この10日間でなんとか整えることができたのでは、と思う。

10日前と比べて、視座も希望の見え方も全く違う、と思う。
それは、これまで挫折しつづけていたこと——自分が消費しているもの(時間、お金、空間)に向き合い、それをひとつずつシステム化していくということがやっと、具体的に進みはじめたから。

コントロールすることではじめて、それを使役することができる。そんな当たり前のことにようやく(頭だけではなく、感覚で)気がついた、ということなのかもしれない。

ここまで書いたことは、もしかしたら、人によっては全く「言うまでもない」「あたりまえの」ことかもしれない。というか、きっとそうだと思う。
だからこそ、本当はもっともっと土台に目を向けなければいけない(私のような)人向けの情報を、ここにリアルタイムで書いていくことにした。
これも Project 1 Year の大切な、大きなステップの一つだと感じている。

次回は、この10日間で実際におこなった改革、その名も「はるたんオートマタ化計画」について、詳しく書こうと思います。


コメント

  1. やまさん より:

    凄いの一言!あらためて素晴らしいアーティストだと再確認しました。
    参考にさせていただきます!

    • halunautausagi halunautausagi より:

      やまさん、こちらにもコメントくださってたんですね。ありがとうございます!
      続きでドン引きされてしまわないことを祈っています……ドキドキ

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