旅先でまで仕事しようと思ったらバチが当たって、まるまる二日遊ぶしかなくなった話

従兄弟の結婚式で、神戸に来ている。近年にしては珍しく二泊の旅。いつも、遠出しても一泊で慌ただしく帰るから。

自分で設定した締切に追われてほぼ徹夜が続いた挙句、残りは移動してからやるしかないと決め最低限の荷物を詰め込んで新幹線に飛び乗り、必要なソフトが宿泊先での環境ではうまく動作しないと気がついたのが、神戸に着いてしまってからのこと。

仕方なく、先方にお詫びの連絡を入れ、締切を遅らせてもらうようお願いした。

 

自分の決めた締切は死んでも守らなければならない、と思って仕事をしてきた。校閲も、作詞も、無理でもやるしかないのだと夜行バスの中で作業をしたこともある。迷惑にならないように頭からブランケットをかぶり、小さな明かりで書き付けた。
頭を下げて交渉するという手段が選択肢になかった。

もちろん、締切は守るものだし当たり前になってはいけないけど、今回はもう2週間近く、いつ寝ていつ起きているのだかわからなくなっていて、昨日は睡眠時間が15分、今日はちょっと多くて2時間、なんていう日がリアルに続いていた。

どう考えても、出来ない約束を自分に課していたと思う。

その昔、雨量が少なく夏場は深刻な水不足に悩まされていた讃岐国に弘法大師空海が満濃池を作らせた、というのは香川県の子供なら皆習う歴史である。
私はそのエピソードを、こんなふうに教わったと記憶している。
すなわち、空海が「五十日でため池を作る」と言うので、人々が「五十日なんて、いくらなんでも無理です」と反論すると、空海はこう答えたというものだ。

「五十日でも、寝ずにやれば百日だ」

……空海先生を責め立てる気は全くないのだが、この2週間の自分の仕事ぶりはまさにこの精神であったといえる。
これぞ、セルフブラック企業。セルフ社畜の精神。

 

睡眠負債は恐ろしい。日に日に無自覚に、不健康な思考に襲われる。ナチュラルにメンタル自傷をするし、ナチュラルに人を妬み自分を蔑む、その感覚さえもどこかぼんやりとしていて、ふと気がつくと不機嫌でイライラしている。

もちろん、体の不快感が精神の不快感を誘発するのがそのはじめだとしても、続いていくうちに認知そのものが歪んでくるのだ。つまり、不快なものと、不快な気がしているだけのものを区別することができない。

抑圧も含まれるので、自由にしている人が羨ましい。自分のやりたいことに邁進している人に対して焦る。考えるまいとして、そっとシャットアウトする。そうしてどんどん自分を孤独に追いやり、またコンプレックスを肥大させて……を繰り返す。

そのコンプレックス自体が実体のないものだったり、原因がまったく別のところにあったりするのに。
まるで心の自己免疫疾患とでもいうべきか、異物とみなして攻撃して痛みを生み出し、本当に異物であるかのように仕立て上げてしまうのだ。

どうせ何もできることはなくなってしまったので、ふらりとハーブ園に立ち寄った。

新神戸駅のホームに降りた時、まず目に入ったのがロープウェーだった。元々高いところが好きなこともあって、空をゆうゆうと渡る小さなゴンドラにひとめで魅せられてしまった。
駅を出て少し歩くと、旧居留地や北野異人館への道案内に混じって「神戸布引ハーブ園」という文字があった。
とにかく癒されたくて、ロープウェーに飛び乗った。

ゴンドラがゆっくりとターンするやいなや、ぐんぐん速度をあげて、思っていたよりもずっと急な勾配をつけて私は飛んだ。小屋が、街が、地上がみるみる遠くなっていく。
ゴンドラは揺れたが、その心もとない感じがかえって気分をわくわくさせた。ロープ1本を命綱にしてぶらさがるハコ。ガワひとつで地上何十メートル、だ。足元のうすい板のすぐ下は空だ。

人が足を踏み入れそうもないダムがいくつも見え、わたあめのような雲が山間に流れ込んでいる。まるで、天竺までのエレベーター。

あっという間に──とはいえ、10分ほどは乗っていたのだろうか、ゴンドラが山頂に到着した。ぐずつきそうな天気のせいもあって肌寒いが、いっそう空気が清々しく感じられた。
クリスマス仕様に飾り付けられたエントランス、屋外のテーブルには日避けのパラソル(今は雨避けだ)、椅子のひとつひとつがリボンで飾られていた。
ドイツのお城を模したという建物もイルミネーションで飾られ、クラシックなクリスマスソングが流れている。
奥には薔薇園、ハーブ園。雨の日のハーブ園はとても馨しいので、天気の悪さなどは問題にならない。土砂降りだと、さすがにつらいけど。

途中みつけたワークショップで、オリジナルサシェを作って持ち帰った。昨日、小銭貯金しようと思って貯金箱に入れそびれていたワンコインがそのまま、自分への課金になった。
好きなハーブを選んで、順番に、丁寧にちぎって揉み合わせる。葉脈が切れるたび爽やかな香りが立つものだから、つい無心で取り組んでいると、スタッフの女性に
「いい感じですね!」
と、褒められた。
よーく揉み合わせたら、綿にくるんでオーガンジーに入れ、最後にバラとローレルで飾り付けをする。
まるで夏休みの子どものようだ。楽しい。

そこここにあるすてきなハーブクラフトを存分に堪能し、巨大な温室で水音とマイナスイオンをたっぷり吸い込んで、晴れ間の見えた空の夕焼けを目に焼き付けて、鐘を鳴らして帰った。

 

担当者からの連絡はあっけないほどのOKだった。
その代わり、修正対応を迅速に対応お願いしますね、というくらいのもの。
人が死ぬわけでなし、と思うことにした。

そんなわけで、戦利品のラベンダーまくらを頭に敷いて、ずいぶんのんびりとした気持ちで夜を過ごしている。明日もまるまるオフだ。お祝いをするだけでいい。
こういう気分は何年ぶりだろう。

コメント

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