旅立ちの朝

日常と非日常のはざま

暮らしがシステム化されてくると、情緒面は減少するのか?
たしかに、このところあまり #夜blog を書いていない。あまりそういうものが自然に浮かばなくなっているような気はする。
寒すぎて、夜散歩をしていない。寒いのは、歩くのには平気だと思っていた。動けばあたたまる。寒さは苦手だったが、寒い日の散歩は嫌いじゃない。
冬がやってくるあのアスファルトのはりつくようなにおいも、肺が焼けるような感触も。

 

きっともっと寒い土地で育った人には、冬の感触とはこんなものではないのだろう。
そして東京は、四国よりは寒い。

 

なにを、怖がることがあっただろう。私はなにひとつ変わってはいないのに。

 

変わらない、ということに価値を見出すのだ。私という人間は。
それは、すべてのものは放っておいたって変わるし、遠ざかるし、消えるし、いなくなる。そう知っているから。
なんども同じ景色に戻れる何かを手放そうとしないんだ。
新しい風を呼び込むであろう何か、その風さえも痛いと感じるんだ。
ならいっそ、全く知らない言語の響きに浸っていたい。もともと、流浪の民だ。その方が故郷らしいと感じる。

旅立つ前の土地が一番、星があかるく見えた。
美しい土地の、美しい星空。そこに居られないと悟った、いつかの自分。
あらゆる名前を捨てた先になにが残っただろう。それを知っている。澱のように凝ったものは道のどこかで置いてきた。今は、ただ、今があるだけだ。
野犬に追われて山を駆けるのでもなく、身をちぢこめて後部座席に眠るのでもなく、駱駝のような足取りで、ただ今を歩いている。

 

なにもかもが近くて遠かった。
海まで出てしまえばなんとかなる。小さい駅もある。それでも、病み上がりの女の足には海は遠かった。
道には街灯一つなく、刈り取りの終わった棚田が連なっていた。月明かりだけがそれを照らしていた。視界には困らなかった。
上り下りの激しい道は果てしなく、行けども行けども同じ棚田から抜けるのはまだまだ遠そうだった。ここから何時間かかるのだろう。2時間。いや3時間か。
このあたりは変質者も出るという。
気は急(せ)いても、これ以上早く歩くのは無理だった。
少し前、村のはずれにある警察署で見た看板を思い出した。沼で女の遺体があがったという。犯人はまだ捕まっていない。
居並ぶ、行方不明者の名前と写真、行旅死亡人のポスター。
自分もそこに並んでもおかしくない、そういう場所を歩いている。否、今ここで青い作業着の男が現れて、一瞬にして私の存在を消したとしても、私は名を連ねることすらないのかもしれない。
私の糸はとっくに断ち切られてしまった。今あるのはこの足のみ。

ふいに、棚田の向こうから犬の遠吠えが聞こえた。
遠吠えは呼応するようにしていくつもあらわれた。棚田の右奥、左奥、鬱蒼とした林の中から。
嫌な予感がした。
この足音を聞きつけたのだろうか。遠吠えが止むや否や、土を蹴る音がいくつも聞こえた。その音はあきらかに、こちらに向かっていた。
病み上がりで一歩一歩進めてきた距離を、犬たちはあっというまに越えてきた。棚田を突っ切って、一頭、二頭、三頭……数えるのを諦めるほどの犬が、あとからあとから集まってくるのが見える。遠吠えと威嚇が入り混じり、5メートルほどの距離で立ち止まった犬が激しく吠えたてた。

誰も助けてくれない。

しばし、犬たちと向き合う。背中を向けたら襲いかかってくるのだろうか。暴れそうになる鼓動を抑えつけて平静を装う。動揺は血の匂いと同義だ。犬たちの凶暴性を掻き立てるだけだろう。本能的にそう感じて、肚に力を入れる。
寒ささえ感じなくなっていた。手のひらは汗で濡れていた。

誰も助けてはくれない。わたしは生き抜かねばならない。

犬たちを思い切り睨みつける。
ここにはおまえたちの欲しがるものは、何もないよ。
諦めなさい。おまえたちじゃ私には勝てない。
ハッタリを込めて、めいっぱい威圧する。

どれくらいの時間、そうしていただろう。

犬たちが心なしか、静かになった。
そのまま、視線を外さずにそっと後ずさりしながら離れる。なんとなく、犬たちの結束が霧散していく雰囲気があった。
一頭、また一頭と、その場を離れて行く。
そう、私は獲物じゃない。すみかへお帰り。
ふん、と不満げな息を漏らしながら、最後の一頭が踵を返すのが見えた。
もう大丈夫、と思ってようやく、背を向けてまた歩き出す。
犬たちに聞こえないように、そっと、深く息をつく。
なんとか、助かった……。
こんな、病み上がりのみすぼらしい姿でも、なんとかなるものだ。
あと二つばかり丘を越えれば、海だ。

海と朝が顔を出すのはほぼ同時だったと思う。
私はその日、ほんものの朝を見た。自由を得た瞬間であり、人の世に自分という存在の細い糸をつないでく、最初の朝だ。忘れようはずもない。

自由とは広大な海のようなものだ。錨がなければそれはどこまでも頼りなく流れてゆき、行くことももどることもできず、人知れず死んでいくことさえも意味する。
今あらたなつながりをもってここに存在する、そのうちのいくらかは、仮初のつながりを渡り歩いて撚り合わせて、あたかも連綿と存在していたかのように見せかけて作られたものかもしれない。その先を辿れば、闇がぱっくりと口を開けているかもしれない。
……それでも、撚り合って留まれるのなら。

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