なぜ人に頼るのが下手なのかを考えてみた~月曜日blog

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人に頼る、ということのハードル

こんばんは、haLunaです。

今日は月曜日。
月曜日のブログテーマは気づきや学びのピックアップです。

克服したようでしてなかった過去の亡霊

遠い日の挫折について

これもまた、自分にとってある種根深い課題にぶつかっている。
私は「人の手を借りる」ということがとても苦手だ。
苦手が過ぎて、いざ借りようと思って勇気を出してみてもどこかぎこちない頼み方になって、結果、空振りしてしまう……なんていうことが多い。

そんななので、ここ数年は「人に頼む」という行為自体をはじめから諦めている感じがあった。

一人で出来ることは、一人でやる。
一人でできないことは、やらない。
口癖はひたすら「大丈夫です」
いざ頼りたいことを投げてみても、自己完結しすぎて人が手を出す余白がない。
そもそも余白を作って突っ込まれたくない←

……心当たりのある方も、それなりにいるのではないだろうか(ひとりではないと思いたい笑)。

そもそも、ある程度事足りるようになっちゃったここ数年

苦手なことはやらない、ということが、ある程度大人になるとまかり通ってしまうもので、ことに仕事で必要に迫られない限りは手を出そうとしなくなるもの。

超絶個人プレイのフリーランスをやっていると、「はじめとおわりの連絡」さえおさえていれば、あとのコミュニケーションは必要ないし、経験が長くなれば大体のことは自分で解決できたりもする。
一方で、始めたばかりの仕事でわからないことが出てきても、「人に聞く」というのが最後の手段という位置づけなので、とにかく手探りで仕上げてしまう。
長い目で見てどちらが効率的(身につく、ということも含めて)なのかは一概には言えないにせよ、それ一辺倒というのも、困りものである。

「これじゃいかん」と思い始めた

ことに、近頃「人とのつながりなくしては、これ以上の進展は望めまい」と感じていることもあり、まさに学生時代ぶりといっていいほど久しぶりに、「人に頼ろうとする」→「空振りする」を繰り返していたりする。
うん、思い出すよこの感じ……。このいたたまれない感じ……。めちゃくちゃメゲた若かりし頃よ……。

しかし時は流れた。私もさらに大人になった(はず)。
今いちど向き合えば、「なぜなのか」もう少し見えてくるのではないだろうか?

というわけで、なぜ人に頼るのが下手なのかを考えてみた。

距離感・強さ・対象の弱さ

人との体感距離と実際の距離に誤差がある

私と近いタイプの人はおそらく、他者に対してかなーーーり間合いを取っているのだと思う。
これは親しさにあまり関係なく、だ。
それゆえ、いざ人に頼ろうとして近寄って、近寄って、自分史上最も近寄ったつもりでも、それは標準的な距離感からするとまだ遠い。
それゆえ、声が聞こえない。というか、「あ、自分が呼ばれているな」と相手が思わないのである。

ふんわり投げすぎる

その、中途半端に遠い距離のところから、

「 ぁのーぅ、、どなたかー 」

と、風船を放るみたいに投げるので、その風船は誰に向かっているのかわからないまま、ふんわりと芝生に着地する。
そして、誰にも気づかれないようにそっと回収するはめになるのだ。
もう一度投げるだけの勇気は持ち合わせていない。

名指しで頼む勇気がない

そもそも、名指しで誰かに頼む勇気がない。
人の時間と労力を使わせてしまっていいのか、それに値するほどの価値がこの頼み事にあるのか、と考えると怖気付いてしまう。
名指しでなくても同じなのだけど、名指しでなければなんとなく、誰も責任を感じないし負わない。
特定の人に頼むと、断りづらいのではないかとか、気まずくなるのではないかとか、あれこれあれこれあれこれあれこれ考えているうちに挫けて、萎んで、「んーもうちょっと一人でがんばってみる」となってしまう。
……自分が頼られたら悪い気は全くしないくせに。

他者に対する認識の部分

その人が何を得意としているか、その人の仕事と私の頼みたいことが重なる部分はどこかを見ずに頼もうとする

人に頼ることに超絶慣れていないので、人がその中でどのような動きをするのかうまくイメージできないまま頼もうとしてしまう。
その人の得意なの、それじゃないよ! ということだったり、「結局人のことって完全にはわからないからさ」のスタンスが裏目に出て、自分の側の都合だけで頼み事を考えて相手に判断を委ねようとする。
判断を委ねる、といえば聞こえはいいが、要は丸投げってことです。あぁ書いてて耳が、いや、目が痛い……。

前提の食い違ったアドバイスをさせてしまわないよう、きっちり書きすぎてしまう

アドバイスを貰うことはもちろん吝かではないというかありがたいのだが、「前提が違う」となったときに(ごめんなさい)イラッとしてしまいがちなのもこのタイプのあるあるという気がする。(私だけか?)
せっかく助言してもらったのに一瞬でも「ちがう!」と思ってしまう自分も嫌だし、場合によっては相手に無駄な労力をかけさせたり、話が展開しきってから「実はそれ前提が違ってて」というのも申し訳ない(はよ言うてよ! ってなるんじゃないかと思う)ので、
あらかじめ、
誤解のないように、
過不足なく、
端から端まで、
状況を伝えすぎてしまう。

(そして、そこまで説明しても前提をとばされた……となると、よりイラッとする、というリスクもある)
……そう考えるとやはり、人のアドバイスを聞くのが苦手だということは否めない気がする。

……もちろん、学生の頃とは違うので「イラッ」は自分の中で流せるようになった。
一旦相手の話を聞いて、お礼を言って、それから「ところで、」という感じで再度説明したりする。
しかし、一瞬とはいえ回避したい気持ちはどうしても残る。

自分に対する問題

基本的に、人を信用しきれていない

開示する勇気がない

……

書きかけじゃないんです。いや書きかけですが。
今日のブログにはオチがない!!
なぜなら解決策が見つかってないから!!!

どうしたらいいですかね? ご意見求む!!!
(と、人に頼ったところで終了)

……つづく(のか?)


コメント

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