「人嫌いは自分嫌い」

思うこと

「人嫌いは自分嫌い」
これは、過去に自分がふと気がついて言った言葉だ。

私は大人数で会って楽しいときと異常に疲れるときがあるのだけど、その違いも単純に、その時の自分の姿が好きか、嫌いかということに集約されるのかもしれない。
自分のことを好きと思わせてくれるような集まりは、疲れなかったり、癒しになってたりしてる。

 

結局、フォーカスすべきは自分の立ち方、向き合い方なんだよなあ。
その場で何を求めちゃって一人で玉砕しているのか、そもそも何と闘って疲弊しているのか。
ずっと、「私は誰であれ人と過ごすと疲れる」と言っていて、それは事実、習性として存在はするのだけど、程度問題と回避できるパーツもまた存在するということかもしれない。

自分を嫌いにならないこと……それは、この日のブログで書いた、「誇りを持って生きる」こととテーマが似ている。
それはいろんな言葉に置き換えることができるものかもしれない。人によって、しっくりくる言葉は違うかもしれない。

思うように生きていること。
後悔しないこと。
必要とされること。
肯定されること。
肯定すること。
自由に、でもわがままではなく、つまり自分の中で「わがまま」という引け目を持たずに、堂々と示していけること。
誇りを持つこと。
自分を好きでいること。
自分をせめて、嫌いにならないでいること。まぁいいかな、って思えること。
自分ばかりを肯定し続けて、それゆえに人を排除したり否定したりしても、それはそれでどこか苦しい。自分の心には解る。その不自然さが。

自分が求めるように人の求めも受け入れて、でも人の求めに依存しないで。

言葉にするとこんなにある。もっともっとあるだろう。
きっと時とともに、自分にとってのしっくりくる言葉が変化することもあるだろう。

 

でもひとつ言えるのは、
他人に対して思うことは、鏡。

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