彼女は「聴く」のお手本だ。

思うこと

本当に、ひとは「肯定感」を高めてくれる人といると心地好くなってしまうものなのだ。

 

彼女がどこでそれを身につけたのか、どんなふうに構築してきたスキルであり心根なのか、私は知らない。
出会って仲良くなった時にはもう、彼女はそうだった。いや、仲良くなる前からそうだし、だからすいすいと吸い寄せられてしまった感じもある。

 

それを「相性」という人もいるかもしれない。そういう面もあるだろう。しかし、少なくとも私から見て、おおよそどんな相手に対しても彼女はするっとそれをやってのけた。息をするように自然に寄り添い、話を正しく「聴き」、先回りせず遅れもとらず、すっと並走して、ひとことふたこと、理解と共感を示す言葉を発するだけで人を元気づける。そして、
「あぁ、聴いてもらったなあ!」
という気持ちにさせてしまう。
……いや、それよりももっと強い肯定感。まるで「私が上手に話すことができた」かのような、「いいことを言えた」ような、「喜ばせてあげた」かのような気持ちになってしまうのだ。

彼女はプロのカウンセラーやセラピストをやっているわけではない。だけど、私の知っている誰よりも「聴き上手」な人だ。
私もすっかり、いい気分にさせられっぱなしのまま今に至る。

 

はじめのころは、私と特別仲良くしてくれていることがとても不思議で、身に余ることに思われた。
なぜなら、会うたびにいつも私ばかりが気分よくなっているような気がしていたから。
いつも、私がたくさん話して、彼女がたくさん聴いてくれる。今日こそは喋りすぎないようにしよう、と思っても、気がつくとそうなっている。

もちろん、要所要所で彼女の話も聴く。彼女の話はなぜか、聴くのがとても楽しいので、一生懸命聴いてしまう。そういえば、彼女といるときは「次に自分が話そうと思っていること」を考えることがない。聴いて、考えて、反応する。寄り添ってトレースする。想像する。
そして一区切りしてまた聴いてもらって。そのラリーなのだけど、終わるとやっぱり聴いてもらったことのほうが多いような気がして、うーむとなったりする。

 

それでも、彼女もまたそんなやりとりを「楽しい」「心地好い」と感じてくれているんだな……ということが、年単位のお付き合いを経てようやくわかってきた。

 

人の信頼関係って、時間は関係ないと思っていた。もちろん、当初から「いい人! 好き!」と感じていたという点では、関係ないかもしれない。
だけど、それが「会話のない期間」を挟んでも「言葉のないレスポンス」を通しても(それらは、ことにSNSのような繋がりの中でだと、見かけ上「存在しない」ことと同じになる)、安心感が揺らがなくなるために、時間は一定の役割を果たしてくれた。
自分から相手への信頼が変わらない、ということだけではない。相手の方も、自分が反応しないことでこちらを疑ったりしないであろうということ。
そういうことでの「お互いの信頼」が、負担なく関係を続けていく上でとても重要なことなのだと思う。(この感覚自体、ちょっとSNS社会に対する依存が入っているのは、認める)

 

最近やっと、「あっ、こうして時間を過ごさせてもらっててもいいんだな、相手もそれを好ましく感じてくれているんだな」ということが感覚的に染み込んできた気がする。言葉では、彼女はいつもそう言ってくれていたのだけど。

 

私は「女の子と二人きり」が苦手なのだけど、それはもしかして、そういう引け目がいつもあったからかもしれない。そういえば、男子と二人で話す時はだいたい相手も勢いのあるオタクで、負けじと話してくるから。それが逆に安心感になっていたのかも。
女の子は大抵、態度の端々で聴こうとしてくれている感触や、同意しようと言葉を探してくれている雰囲気がわかるから、それで、どこか申し訳ない気持ちになってしまうのだろうか。

聴くのが上手になりたい、というのは本当に、多くの人が持っている大きなテーマなのだと感じる。
みんな、頭では「聴き上手になりたい」と思っていて、でも実際は、心の方がつい「話し上手になりたい」と動いてしまったりもして、つい、聴くのをおろそかにしてしまう。そしてあとから悩む。
上手に聴こうとして自分の体験談を話して同意を示したつもりが、かえって相手を聴き手に回らせる行動になってしまったり(というとソフトだけど、要は「自分語り」だ)、自分が経験から得た「論」を披露する場にしてしまったり。
純粋に「聴く」ってのがどうも掴みどころがないせいもあって、難しいのだと思う。

 

彼女の「聴く」は、お手本だ。
だけど、私には真似られないことでもある。

 

聴く、って手法じゃないのだ。受け答えのテンプレでもない。
聴くことはその人のつくりだす空気の全部であって、心の持ちよう生き方人との接し方関わり方、やさしさや尊重、そういうものが精妙に絡み合って生まれるものなのだと思う。
だから、形だけをまねると、すぐに違和感がおきる。

 

そんな人なので、彼女の周りにはいつも自然に人が集まって、人の輪ができている。彼女はあまり気づいてないようなのだけど。

 

……息するようにとはいえ、ときには疲れてしまうこともあると思う。自然にそれをやってしまうだけに、尚更。

そういうときに(そういう時以外にも)なにか、私の方も「ホッとできる空間、時間」を提供出来ているといいなあ、と思っている。

……どうやら出来ているらしいことが最近分かってきて、ニヤニヤウフフとなってしまう次第なのです。

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