薬を飲んだから、30分。/ぼくの田舎と、もはや別人の私たちの細胞レベルについて

日常

薬が効いて眠くなるまでの、30分の猶予で書き始めて着地させねばならないトライアル。テーマは未定。(書き上がってからタイトルに足しました)

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今日は懐かしい友達から電話がかかってきた。
話すのは一年以上ぶりだ。
声の調子は相変わらず明るくて、高校時代から全く変わっていない。

最近、地元に帰省していて、その時に私の実家の近くを通ったので懐かしくなり、連絡をくれたらしい。
当の私がもうずいぶん帰っていないその町は、同じ県内にあってもことさらに田舎で、実家は店をやっていたが、何軒かが集まっただけの小さな住宅地のそばにはこれまた小さな川が流れていて、その他にあるのはひたすら田圃。見渡す限りの田園風景が広がる。
なにもなさすぎて混じり気のかけらもない空には、間抜けなくらいもこもこした雲がぽっかり浮かんでいて、道を歩けば田圃の上を渡って吹いてくる風の「形」がみえた。
水の張られた夏の田圃の、青々とした稲の苗を薙いで届く風はひんやりと気持ちがよかった。
都会よりも一段、二段、彩度の高い景色。青空がどこまでも青くて、緑がどこまでも緑で、夜になると虫たちやウシガエルがうるさいほどに鳴く。晴れた日にはいつでも、プラネタリウムを凌ぐような派手な星空が見えて、かえってつくりものに思えるほどだ。
月明かりも青く、本が読めるほど明るい。

うちから少し歩くと、学校があり、小さな医院があり、銀行の支店がある。
角にうどん屋さんとガソリンスタンド、その向かいには、そのあたりでは比較的大きなスーパーがあって、その周りはまた田圃が広がっている。
駅は隣町にいかなければないし、バスは最終が17時台だ。
ゲームセンターのようなものもない。町にはじめてローソンができた時には、さっそく町のヤンキーたちのたまり場になってしまった。
携帯の電波もろくに入らない、正真正銘、何もない町。

私が知っているのは、少なくともそんな町だった。

「すごいで」
「そうなん?」
「うん、めっちゃ」
彼女が高めのテンションでそう言う。あの町がいったいどこをどうして「すごく」なったのか、想像もつかない。
「あんな、コープあったやん」
「栗タルトの店の前の?」
「そうそう。あそこの横にな」
「うん」
「コメダ珈琲できとるで」
「は!?」
さすがにお茶を吹きそうになった。
あんな、なんにもないし人もいない田舎に、コメダ珈琲!
「えっ、めっちゃすごいな! ってかそれ、人来る!?」
「いやー、通りかかったけど満席やったで」
「マジか!」
そうか。
電車もバスもない我が故郷の人々の生活は、当然、車社会なわけだ。一家に一台ではなく一人一台。
皆、車で隣町に行く。
コメダ珈琲なんかできた日には、きっと近隣の町からもちょっと車で行ってくる、という感覚で人が集まるようになったのだろう。
よく、東京埼玉千葉あたりでも郊外に大きなショッピングモールができたりするけれど、きっとその感じに近いのかもしれない。
とにかく、あの実家の、徒歩五分圏内にコメダ珈琲ができたという情報は、衝撃だった。
一瞬、地元に帰ってリモートワークという選択肢がチラ見えしたくらいだ。
「あのへん他にも色々出来とるで」彼女は続ける。
「マツキヨとかある」
マツキヨ! マツモトキヨシ!!
なんて、あの土地に似合わない文字列でしょうか。(個人の意見です)
マツキヨ、なんてねえ。ドラッグストアというものがなくて、「薬局」と、「スーパーの隅っこの化粧品健康食品コーナー」が全てだったあの町にいたころ、テレビやなんかで「マツモトキヨシ」と聞く度にダウンタウンの松本さんの顔しか浮かばず、「誰やねん」と思っていたマツモトキヨシ。
進学したのが西武池袋線沿線の学校で、その池袋駅東口のでっかいマツモトキヨシを見た時の
「これがあの……マツモトキヨシ!! すごい薬屋さんがある……!!」
という感動。
そのマツキヨが、我が地元にできたというのか。
「なんか、あそこらへん田圃多かったやろ。そこを綺麗に整地して、いろいろ作りよるみたいやで」
「なるほど。……だいたい、田圃めちゃくちゃ多いけど、地元の人そんなに地元産のお米食べてる? って感じあったもんな。うちも新潟産食べてたし、ちょっとちゃんと選ぶ人はそんな感じというか」
「そうやろ」
「かといって、県外で売ってんの見たことないしな」

米は、寒い土地でこそ美味しく育つ穀物なのだと聞いたことがある。有名な米どころは雪深いところが多い。
私の故郷はものすごく温暖な土地だ。気候だけでいうと厳しいところが一切ない。冬は寒いといっても氷点下にはならないし(水道が凍る、というのは関東ではじめて知った)、夏は暑いけれど湿度が低く、カラッとしている。そのうえ田圃道の脇は、気持ちのいい風が吹き抜けていく。打ち水のような効果があるのだろうか。
台風は山地に囲まれているせいで直撃することがないし、地震もそんなに起きない。
(そのかわり、雨が降らなさすぎて水不足になりがち、というのが唯一困ったところではある)
そんな、ある意味軟弱な土地で育つお米が、東北や北陸で取れるお米に対抗できるべくもなかったか。
とにかく私自身、田圃に囲まれて育ったくせに、地元産のお米を食べたことがなかった。ただの一度も。
そんなわけで、お米やめてコメダ珈琲はじめましたっていう……いやなんでもないです。

そんなのどかなあの町も、そうか。
都会か。都会なのか。そうなのか。
もうなんか、イオンやららぽーとができる日もすぐそこなのかもしれない。あの見晴らしのいい風景も、だんだんと失われていくのかもしれない。

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考える。
私も彼女も、何も変わっていないようで少しずつ変化はある。彼女は親になったし、私もまあ、それなりに社会とのシナプスをつなぎながら変化し続けている。
体の細胞は、つねに生まれ変わり続けていて、新しくなっている。高校生の頃の私の細胞はもうとっくに総入れ替えされていて、物理的なことだけでいえばもう別人なのかもしれない。脳に刻まれたものだけが「高校生の私」と「今の私」の両方を「私」たらしめている。

その間にあったどんな出来事や事件や傷も、私の「脳」には残っているけど、でも、それだけのことなんだなあ、と思うと少しゾクゾクする。
もちろん、体の傷──バイク事故の傷痕や火傷の跡はしっかりのこっているのだけど、細胞レベルで言うときっと入れ替わって元のものとは違っていて、ただ継承しているだけのもの。
もはや、その傷を受けた時の自分はどこにもいないのだ、などと考えると、ものすごく不思議で、却って不安な気持ちになってしまう。
私たちの心は、過去をどんなふうに囲って、守っているのだろう。苦しい過去でさえ手放さず、自分の一部として大切に持ちつづけていたりする。
アイデンティティとは、記憶の蓄積の中にあるものなのだろう。
そして、その記憶は消えることなく重なっていきながら、刷新もされていく。
新しい空気があり新しい出会いがあって、新しい価値観を取り込んで新しい仲間と出会う。
明日もまた今日とは違う細胞で生きる。

私は、私が変わっていくことが以前ほど怖くはなくなったのだと思う。
もちろん、変わらないものもあって欲しいけれど。鮮やかな緑と青、太陽と雲と月と星とウシガエルの声……。
そういうものと、町の外からやってくる人々の活気が、なんとなくうまく共存ながら存続していってくれればいいな。寂れていくのはやっぱり悲しいから。
そんな都合のいいことを、東京の空の下から願いつつ。

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