8月18日。

随筆とエッセイ

今日は静かに過ごします。

 

表層に言葉は表れなくとも、波打つ水面の下には行間を湛えているし、風景はその裡(うち)に世界の全貌をかくしている。
つまりはやっぱり、どう考えても私たちは世界に包含されているし私たちもまた世界を含んでいる。
だからこんなに、時として重く撓む。

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昨日見たdeleというドラマで、
「人は二度死ぬという。一度目は肉体が死んだ時、二度目は自分のことを覚えている人がいなくなった時」
というセリフを聞いた。
これは二年前にも聞いた言葉だ。

しかし、誰か一人でも死ぬまで自分を覚えているとしたら、二度目の死はその人を待って一緒に迎えられるってことでもあるんじゃないか?
そう思うと少し希望も見える感じがする。

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夕日の反対側がうす青くて、沈む瞬間がオレンジに燃えるのは光の波長がちがうからだよと説明されたところで、私たちの心はそれじゃ済まない。

数式と数式の間にさえ、貼り付いたさまざまな感傷を見るでしょう?
意識ってほら、概念だから。
私たちは裡側にすべてを含んでいるし、深いところに記憶はつづいている。

まあ一言でいうと
「やっぱ、いつでもそこにいる」
ってこと。
三回目の命日に。

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